佐倉に歩兵57聯隊がおかれていたころ、ここへ来る者は皆「佐倉聯隊の七不思議」を聞かされたものである。
 ある夜、門衛に立っていた兵隊が、更けるにつれて遂に睡魔のとりこになってしまった。そこへ上官が廻ってきたのである。そして彼は、ねむっている兵隊の銃から、銃の手入れをする兵にとっては命よりも大切な「サクジョウ」をとり出し、傍の古井戸の中へ投げ捨ててしまった。
 ハッと飛び起きたがもう間に合わない。門衛の兵隊は上官から
 「すぐサクジョウをとってこい」
とどなられ、死ぬのは明らかであるが、規則が第一である。上官の命令は何事にも服従しなければならない。取ってこなければならない。兵隊はじっと上官の顔を見つめたが、やがてその古井戸の中へ身を投じたのである。
 翌日からは、その時刻になるときまって、門衛や上官が古井戸のあたりを見廻るたびに、その中から不気味に、
 「サクジョウよこせ。サクジョウよこせ」
と、うめく声が聞こえてくるので、そこを通りかかった者はみな気絶してしまったということである。
 また、ある晩、門衛に立っている約束の兵隊をたずねて、深夜ひそかに一人の遊女がきた。ところが約束の時間よりおくれたので、その時には既に門衛は、交替してしまった後であった。それとは知らない遊女は、会いに来た兵隊がいるとばかり思い、名前を呼んだ。それとは全く関係のない兵隊は、
 「誰か!誰か!誰か!!」
と三回さけんだ。
 しかし何も知らない遊女は、会いに来た兵隊が知らぬふりをしているものと思い、闇の中にだまって立っていた。
 「三回呼んでも返事のない時は射て」というのが門衛の規則である。門衛はその女を射ってその夜の中に死体を古井戸に投げこんでしまった。
 それからは、きまってその時間になると、古井下の中から美しい遊女の亡霊が出るといい、「佐倉聯隊の七不思議」に数えられていたのである。
担当 菅 勇二