新町にある安城山不矜院甚大寺は、不動明王を本尊とし、市内唯一の天台宗寺院です。院号の不矜院は、貞亨元年(1684)に従兄弟稲葉正休に刺殺された堀田正俊の法号に由来します。延暦寺の末寺でした。
 甚大寺は、元和9年(1623)に南光坊天海大僧正により出羽国山形城下に創建され、元禄14年(1701)に山形藩主堀田正虎が再興したと伝えられています。延亨3年(1746)に山形藩主堀田正亮(マサスケ)が佐倉へ移封するにともない佐倉の現在地に移されました。堀田氏は甚大寺に120石を寄附しています。
 この地には延宝6年(1678)から貞亨3年まで佐倉藩主にあった大久保忠朝(タダトモ)時代には本性寺があり、元禄14年から享保8年(1723)まで佐倉藩主にあった稲葉氏時代には臨済宗妙心寺派の養源寺がありました。『古今佐倉真佐子』には「門少内へ人てくずやふき。左右ひしぎ竹のへい。此下大土手。土手前丸竹こまよせ有る。門内左右より向へ押廻杉いけ垣、四角にはさむ也」と記されています。
 寛政年間(1789〜1801)に佐倉藩主堀田正順により勧請された金比羅大権現は、毎月10日の縁日に多数の人で賑わいます。
担当 高橋 勲