ここが入口です
 下総まわたし宿百観音は、馬渡宿を東西に貫く旧街道の南に位置し、百観音入口には元治元年(1864)の銘のある百体観音道の石碑と庚申塔があります。
坂東三十三観音、秩父三十四観音が向かい合って並んでおり、西国三十三観音が並列しています。
観音像の銘によって寄進者の周辺地域の広がりを知ることができ、江戸時代から庶民の信仰のあり方を示すとともに、現在も保存会によって大切に保全活用が行われています。


「月寒し 宿とり外す 独り旅」
 
正岡 子規の句碑


隣の看板によると

正岡子規:慶応3年四国松山に生まれ松山中学時代自由民権運動に接し政治を志し上京。和歌、俳句を始める。子規号した。
病魔と苦闘。根岸会発会、ホトトギスを主宰。日本新聞記者として活躍。志なかばにして明治35年夭折。享年35歳。
その子規が24歳の時病魔と闘いつつ徒歩で東京本郷を出発、、成田山詣、苦闘の房総旅行二日目にこのまわたし宿に宿泊し、旅行記「かくれみの」にこの句が記されているそうです。
 
新しいもの、古いもの 色々な観音様がいらっしゃいます。
                               担当  木村 雅子